フランスでオーロラ!?
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何十キロも離れた地点からでも見られる、幻想的ともいえる光。
実は、トマト栽培のために昼夜を通して作物を明るく照らすためのライトだったのです。

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パリの西、ブルターニュ地方の大都市レンヌ近くのLa Chapelle-des-Fougeretzには、17ヘクタールもの敷地でトマトのハウス栽培が行われています。
本来、トマトは夏の野菜であるため、日照時間が短く気温の低いこの時期には、相当のエネルギーを使って栽培する必要があります。
そのため、夜中もハウスのライトは相当の距離からもはっきり見える状態になっているのです。
離れた場所からもライトがよく見えるということは、ハウスの近所に住んでいる人にとって昼夜を問わず真昼のような明るさということになります。

事実、ハウスの隣人である男性は、生産者にトマト栽培の方法を考え直すよう申し出ています。
彼は、自分自身が迷惑を被っていることよりも、本来の野菜の栽培から逸脱した方法が問題であり、生態系や自然環境を破壊するような方法は再考しなければならないと話します。

近所に住むほかの住民は、明るすぎるハウスのライトによる別の問題点を指摘します。
彼は、ハウス近くの森を散歩する習慣があるということですが、本来夜明け頃に朝の訪れを知らせるはずの鳥のさえずりが、真夜中でも聞こえるというのです。
その理由として、トマト栽培のハウスから出されるライトの明かりが、鳥たちにとって夜明け時の幻想的な明るさに感じられるからだというのです。
天体物理学の専門家も、その問題について指摘します。
野鳥の中には、光を手がかりにして自分が向かうべき土地を判別する種類が多く存在するということで、星の光と間違えて明るい建物に向かって飛来してしまうおそれが高まるということなのです。

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日本では、かつて食べ物の「旬」を大切にしていました。
春にはタケノコ、夏にはトマトやキュウリ、秋にはキノコ、そして冬には白菜など、その時々で最もおいしく季節を感じられる食物をいただくことで、自然に感謝し、自分が生きていることの幸せを感じていたものです。
私が子供の頃にも、旬を楽しむ習慣は残っていました。
しかし、現在では、ほとんど「旬」に楽しめる食べ物はなくなってしまい、多くの食物が1年を通していただくことができる時代になりました。

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その便利さと引き換えに、多くのものを犠牲にしていると考えると、この現実はどうなのでしょうか?
安心・安全な食べ物をいただくための保証として、「トレーサビリティ」などといったシステムが大切だと言われていますが、無理にその季節と違ったものを作って食べようとしたり、地球の反対側から相当の輸送コストを使って運ばれた食べ物をいただいたりするのは、自然への冒涜ではないでしょうか。
「地産地消」という言葉もありますが、私たちはもっと自然に近い生き方を考え直さないといけない気がします。